日常の些細な気づきと努力(とちょっとしたオシャレ)が市民の権利を守る〜『メイド・イン・ダゲナム』(Made in Dagenham)

 60年代にUKフォードのシート縫製工の女性たちが男女同一賃金を求めて起こしたストライキを描いた映画、『メイド・イン・ダゲナム』(Made in Dagenham)を見てきた。すごい面白かったんだけど、これは実話がもとになっており、ストの結果、二年後にイギリスで性別による賃金差別を禁じる法律ができたとか。それは歴史的に超重要じゃん!

 予告編。


 …というわけなのだが、そんな歴史的に重要な出来事を描いている時代ものであるにも関わらず、全体にコメディタッチで60年代のファッションや車がふんだんに出てきて華やかだし、登場するのも現代でもそこら中にいそうな感じの労働者階級の女性たち(最後に流れた記録映像に比べると若干美人めになっているが)で全然「重要人物」らしくないところがこの映画の勝因だなと思った。市民の権利を守る運動で大きな業績をあげた人の大部分はたぶんそんなに見るからにカリスマがあるとかずば抜けて頭が切れるとかいうわけじゃなく、何かに気づいたごくフツーの人々であるということが多いのではないかという気がするんだけど(バスボイコットのローザ・パークスも縫製係だったんだよね)、この映画はそのへんをうまく描くことで、一般市民のちょっとした気づきと努力が公民権を拡大させてきたんだよっていうことを嫌みなく印象づけるようになっていると思う。


 この映画に出てくるストの参加者たちはみんな平日は仕事や夫や子供、休みの日はお洒落のことで頭がいっぱいのどこにでもいるような職業婦人で、一人一人はすごいカリスマがあるとかいうわけではない。ヒロインでストのリーダーになるリタ(サリー・ホーキンズ)はちょっと抜きんでたリーダーシップがあるとは思うが、最初から自分にはリーダーになる素質があるとわかっていたとかいうわけではない。成り行きで組合の話し合いに参加することになり、おかしいと思った労働規約(女性縫製工の業務を低賃金な「非熟練労働」に分類するというもの)に意見したことが大規模ストのきっかけになる。


 と、いうわけで、組み立てラインと同じくらい技術の必要な仕事をしているのに女性だからというだけで賃金が低く抑えられていることをおかしいと思ったフォードUKダゲナムリバープラントの誇り高き女工さんたち(日本語で「女工」というとすごい搾取されてそうだがこの人たちは違う)は小規模ストや交渉の後、男女同一賃金を求めて無期限ストに突入。リーダーはアイルランド系の夫エディとの間に二人の子供がいるリタの他、重病で寝付いている老いた夫の面倒を見ながら家計を支えているコニー、いかにも60年代なエイミー・ワインハウスヘアだがワインハウスよりだいぶ第一印象のいいブレンダ、ブロンドでオシャレなサンドラの四人(未婚も既婚もいて年とか着るもののセンスがばらけているあたりがなかなか考えて作っている)。


 組合にはリタをいつも応援してくれるアルバート(ボブ・ホスキンズ)とかもいるのだが、現代と同じで組合男子部は女性の賃金が上がるとパイの取り分が少なくなりかねないと感じて女子部には冷たく、会社のほうは女だからと高をくくって真面目に対処しなかったり、リタのバックに共産党がいるのではと疑ったり(別にリタが共産党員でも何もおかしいことはないのだが、「女性が文句を言ったらバックには共産党/宗教団体/ほんにゃら団体がいるはずだ」という発想は「女性が一人でなにかできるはずがない、男がついてるはずだ」という差別意識の表れ)、なかなかストは成功しない。シートがなくなって工場全ての稼働が停止し仕事がなくなると、リタの夫エディをはじめとした男性陣も文句ぶうぶうになってなかなかストに協力してくれなくなる。夫が自殺してしまったコニーをはじめ、女性陣も意気阻喪。ところがリタの頑張りで組合の男性陣も女子部を支持してくれることになり、女性の労働大臣であるバーバラ・カッスルがストに関心を示したおかげで事態は急転直下。縫製工の女性達は当座の改善案として男性の92%の賃金をもらえることになり、二年後に性別による賃金差別を禁止する法律ができることになる。
 

 と、いうわけで、だいぶ脚色もあるにせよ、私が生まれる前にイギリスでは本当にこういうことが起こったんだなと思って見るとすごくやる気出るし、やはりおかしいと思ったことには率先しておかしいと言ったほうが我慢するより全然世の中はよくなるんだなという気がした。一方でフォードの労働者の暮らしぶりが今よりだいぶ良さそうなのにはちょっとショックを受けたなぁ…『ロジャー&ミー』とかを見てて、自動車会社の倒産やら経営不振やらを目の当たりにし、またまた工場労働がどんどん非正規雇用になって労働条件も悪化しているとかいう話をきいている2010年代の観客にとって、自動車工場で真面目に共働きしてれば結構広いアパートに住めて子供二人をきちんと学校に通わせられ、仕事にも誇りを持っていられるという暮らしぶりは隔世の感ありかも。この映画のフォードの女工さんたちが元気なのはやはり職場環境が今より安定していて(セクハラや性差別は今よりひどかったはずだが、縫製工場は女性しかいないので男性上司のセクハラとかがないんだよ…女性たちが男子職員にセクハラまがいのからかいをするとこがあってこれは時代だなと思った)、仕事にやりがいがあるからというのもあるんじゃないかと思うのだが、そのへんはどうなんだろう?今のイギリスの自動車工場とかってどうなのかな?


 あと、最近の女子映画では結構描き方に配慮しないといけない「ワーキングクラスと上流階級の女子の連帯」だが、この映画ではヒロインたちはみんなワーキングクラスの女性である一方、上流階級の女子としてバーバラ・カッスル労働大臣(ミランダ・リチャードソン)と、ストつぶしをもくろむ会社の上司ピーター(ルパート・グレイヴズ)の妻で、ケンブリッジで歴史の学位をとったリサ(ロザムンド・パイク)を登場させて、安易に「私たち女性だから協力できるよね!」というふうにはしないものの「同じ目的のためなら共闘できます」というほうに持って行っている。バーバラは老獪な政治家なのでフォードの連中や首相と交渉しつつスト解決をもくろむのだが、心の中では常に「男女同一賃金」の実現は完全に正しいことであると考えており、最後にリタに政治的解決を提案した際「私たちは政治家じゃなく、働く女性です」と言われてちょっと危険な政治的賭けに出ることにする。このへんが「老獪さをもって理想の実現をもくろむ政治家」ってことでなかなか面白く描かれているように思った。リサはすごく頭がいいのだが夫に軽んじられて不満であった…ところ、子供の学校の関係でまずピーターともストとも関係なくリタと知り合った後、リタのことを新聞で読んでリタを励ましに来る。大臣と会う前にリタがリサに勝負服を借りるところはそうきたかという感じ。オシャレが女子を連帯させるということである(「オシャレが階級を超えて女子を連帯させる」っていうのは『SATC2』と同じだな)。


 これは話題作だし、日本でも好かれそうな60年代のファッションがふんだんに出てきているのでたぶん日本でも公開されると思うのだが、ちょっと今年見た中ではかなり一般ウケしそうな部類に入るので、車やファッションに興味のある人、女性の権利やイギリスの現代史に興味がある人にはかなりおすすめ。あと『ノーマ・レイ』とか『ブラス!』とか『リトル・ダンサー』とかその手の「ストライキもの」みたいなのが好きな人は是非見に行くといいと思う。