日生劇場で宮本亜門演出のミュージカル版『ヴェローナの二紳士』を見てきた。これ、原作はかなり台本に問題があってひどい話なので、「楽しくて最高にハッピー」というキャッチコピーを見て非常に不安になっていたのだが、ちょっと不安どころじゃなかった。いろいろヤバかった。
このミュージカルはアメリカで70年代に作られたもので、それを日本語版で上演しているらしいのだが、とりあえず原作にもともと問題があり、ミュージカルにする時にさらに変な脇筋を足してて余計とっちらかっており、その上演出が時事ネタを豊富に取り入れてぶっ飛んでいるのでワケがわからなくなっている。この作品については、実は以前も選挙の時にハイリンドによって日本で上演されており、その時あらすじを書いているのでそれを参照してほしい…のだが、今回のミュージカル版はハイリンドのヴァージョンとは打って変わってやたら政治的で、それだけでも非政治的なことが多い日本のプロダクションとしては珍しいと思った。
はっきり言って台本が緩すぎるし、お嬢様なのにどういうわけだか畑仕事してるジュリア(島袋寛子)とか、ド田舎のヴェローナからミラノに行く時にどういうわけだかアメリカ大陸先住民みたいな山賊が出てくるとか(←これは今のアメリカでやったらヤバいことになるぞ)、いったい何を考えた演出なんだと最初の30分は大変つまらなかった…のだが、シルヴィア(霧矢大夢)の父であるミラノ大公(ブラザートム)が出て来るあたりからえらいことになってきた。このプロダクションのミラノ大公は選挙に勝って戦争することだけを考えてる無能な独裁者で、「国を取り戻せ!」などどいうスローガンで愛国心をあおり、「再稼働No」のプラカードを持って抗議活動をしてる市民は勝手に逮捕し、娘のシルヴィアのことはモノ扱いで金のためにしょうもない男チューリオ(武田真治)と強制結婚させようとする。このミラノ大公はどう見ても安倍首相批判である。ミラノのしょうもない雰囲気にあてられたプロテュース(西川貴教)は恋人ジュリアを忘れてシルヴィアに横恋慕し、親友ヴァレンタイン(堂珍嘉邦)に対する友情を裏切ってミラノ大公に密告をしようとするのだが、第一部の終わりはこのプロテュースが「自分の幸せ」という歌を歌って、そう書かれたたれ幕までばんばん出て、まあどう見ても「自分の幸せ」ばっかり考えてるような上層の人々への批判、もっと言えばネオリベラリズム批判である。
後半はさらにカオスになる。ミラノ大公に追放されてたシルヴィアの元彼であるエグラモーが強制結婚を防ぐためが帰ってくるのだが(この展開は原作にはない)、このプロダクションではどういうわけだかエグラモーがアラブの魔術師…のくせになぜか中国風ドラゴンを操っている。このエグラモーはシルヴィアを愛するヴァレンタインと横恋慕してるプロテュースの連合軍と戦うのだが、なんかしらんけど敗北し、最後はネットで若者を募ってイスラム国を作るとかなんとか言って勝手にフェードアウトしてしまう。いやお前シルヴィアを助けに来てて相思相愛のくせに勝手にシルヴィアを置いていなくなっていいのかよ、プロット上の機能を全く果たしてねーだろ、という台本へのツッコミに、ムスリムなのになぜ中国風ドラゴンを操っているのかという演出へのツッコミが重なって、もう見てるほうとしては光の速さでツッコまないと間に合わない。なんかいろいろあって最後は自分はモノじゃなく人間だと主張するシルヴィアがブチ切れて不倫をネタに親父さんをゆすり、親父さんのミラノ大公はたいした反逆もせず敗北。「戦争だけはさせてくれ!集団的自衛権をせっかく作ったのに!」と泣きながらシルヴィアに頼むミラノ大公は退位の肩たたきをされ、さっきまでエグラモーと熱愛してたはずのシルヴィアはヴァレンタインを父の後継者かつ恋人として選んで終わりである。もう何が何だかさっぱりわからない!!
とはいえ、ここまで政治風刺を盛り込んでむちゃくちゃにブラザートムや西川貴教が踊り狂う『ヴェローナの二紳士』は、面白いかはともかく見る価値は絶対あると思う。首相批判はよかったけど、イスラム国のくだりははっきり言って全然うまく機能してないし、台本にはかなり問題あるし、まあ政治的な演劇をやり慣れてるUKとかならもっとスマートに政治批判を繰り出せるのになぁ…とは思ったが、日本のものならこの程度のしっちゃかめっちゃかな政治批判でも評価する他なかろうと思う。やっぱり選挙の時期なんだから政治的な芝居をやるべきだ!ドラゴンはいらんと思うがな!!