壁際のハムレット〜新宿梁山泊『ハムレット』

芝居砦・満天星で新宿梁山泊ハムレット』を見てきた。実は既に今年三本目の『ハムレット』でいい加減デンマーク王室のもめごとにも飽きてきたのだが、エネルギッシュないいハムレットだったと思う。

 基本的にはモダナイズのない上演で、衣装もセットもヨーロッパふうに作っている。セットは中世の城を思わせる重たげな灰色の石壁の囲いを基本にしたもので、この壁を動かして場面転換する。この壁がなかなか面白く、デンマーク王室の重たく冷たい雰囲気と、そこにとらわれたハムレットが感じている圧迫をうまいこと表している。例えば、冒頭の場面では登場人物がそれぞれ今まで日本語に翻訳された'To be, or not to be...'のいろいろな台詞のバージョンをひとりずつ口にしながら入ってくるのだが、ハムレットだけは何も言わずに入ってきてずっと壁際に座って憂鬱そうなままで、全員が入ってきたあとはじめて小田島訳(この芝居が用いている翻訳)で台詞を口にするというはじまり方になっており、冷たい壁際に追いやられた孤独なハムレットという印象を与えるようになっている。この孤独なハムレットが狭い壁に囲まれた舞台を所狭しと動き回るので、まるでエネルギーを押さえつけられた若者みたいでなかなかパワフルだ。一番壁の使い方がうまいのは亡霊の場面で、先王の亡霊が自分の殺害場面をまるで再現映像みたいにして壁に映すという表現がなされており、ここは台詞だけではなくヴィジョンを見せることでハムレットを強力に説得するというプロセスが強調されていてなかなか面白かった。欲を言うとテレビ的に映すよりもプロジェクションマッピングみたいにしたほうが余計、亡霊が見せるヴィジョンらしかったかと思うが、これはこれでまた味わいがある。他にも壁が動いて観客の視界を遮っている間に場面転換があったり、いろいろと工夫がある。一方で所謂「第四の壁」は全く無く、独白が多いハムレットばかりかガートルードなどふつうは独白を割り振られていない役柄まで観客に向かって話しかけるので、とにかく閉塞したデンマーク王室なのに観客のほうには開かれているというふしぎな舞台になっている。
 
 この公演はオフィーリアとガートルードの演出にはかなり気を遣っているようで、二時間ちょっとでかなりカットされた上演にもかかわらず、ハムレットがオフィーリアにプレゼントを贈って求愛する原作にはない場面(無言の短い場面だが)があって、ここまでお互いに愛情を示し合っていれば2人とも引き裂かれておかしくなるのは当たり前…と思った。オフィーリアはとても可愛らしく作っていたが、ただ私の好きな「桜草の道」の台詞がカットされていたのは残念だ。ガートルードは最初、冷たくて厳しく王妃らしい、なんかちょっと毒母っぽいガートルードで、お、これはいつものガートルードと違っていいな…と思ったのだが、居室の間ではハムレット上着を剥がれて黒いガーターベルトまで露出するなんかMILFみたいな役になってしまっており、ちょっと落胆した。居室の間を近親相姦っぽくするのはいい加減飽きた。

 あと、全体的には面白いハムレットだと思うのだが、休憩なし2時間ちょっとでこの内容だとかなり疲れる。カットの仕方は無理のないものだったと思うのだが、まあ内容が内容だから疲れるんだろうな…