穿孔と浸透〜『007 スペクター』(ネタバレあり)

 サム・メンデス監督、ジョン・ローガン脚本『007 スペクター』を見てきた。

 話はまあいろいろあるのだが、全体的にオーウェルの『1984』風な監視社会に対する反感(MI6のトップの連中が「そのレベルの情報管理はちょっと…」と引くあたり、英国っぽい)が根強い作品で、巨大犯罪組織「スペクター」のボスで情報を一手に操るオーベルハウザー(クリストフ・ヴァルツ)にジェームズ・ボンド(ダニエル・クレイグ)が戦いを挑むが、実はこの2人はかつていろいろな因縁が…というようなものである。


 全体的に、メンデスもローガンもクレイグも『スカイフォール』でやりたいこと全部やっちゃってもうネタ切れだったのでは…と思うところが多い作品である。ちゃんとしたスタッフがちゃんと作っているので別に飽きずに最後まで面白く見られるのだが、モニカ・ベルッチが本当にちょっとしか出てこなくて出す意味ないんじゃないかとか、レア・セドゥやクリストフ・ヴァルツの個性もそこまで生きてないとか、キャラクターの掘り下げはかなりいい加減である(ちなみに『スカイフォール』はベクデル・テストをパスしているが、『スペクター』はパスしない)。さらにサム・メンデスの舞台っぽいところがあまり良くない形で出ている気がする。最初にいきなりメキシコのビルが崩れるところは、よくお芝居であるいきなりセットを崩す演出みたいな感じなのだが、舞台だとけっこう生きるんだけど映画でいきなりやっちゃうと作用機序がよくわからなくてリアリティが感じられなくなる。あと、目つぶしのモチーフは去年メンデスが舞台で演出した『リア王』から持ってきたんじゃないかと思う。


 ただ、一箇所いいところがあるとしたら穿孔と浸透のモチーフにこだわりがあるところである。ネタバレになるのだが、ボンドが二回、ある種の親密性で結ばれた相手に針を打たれる場面があり、その穿孔・浸透過程の違いで真の友と敵が分かれるようになっている。
 まず、序盤でQが基地でボンドの腕にトラッキング用のチップを埋め込むところがあり、これはチップによってボンドがどこにいるかいつでも情報がわかるようになるというものである(このチップを刺す場面でQがボンドに'prick'だというところ、「ひと刺し」という他に俗語で「男性器」という意味があってスラッシャー爆釣なので注意である)。しかしながらQはボンドの親しい味方であるため、このトラッキングで得た情報をボンドのためによかれと思ってボスに伝えない。ここでは、相手の内部に浸透していてもそこから得た情報をむやみに他人に伝えないのが真の友である、ということが示されていると思う。
 一方でボンドは後半、オーベルハウザーに針刺し拷問を受ける(ここはかなり痛そうだ)。オーベルハウザーは実は子ども時代、ボンドの義兄弟のように育っていたというあまりちゃんと掘り下げられていないバックグラウンドがあるのだが、穿孔と浸透によって得た情報をむやみに他人に伝えないQと異なり、オーベルハウザーは人の情報を管理することで権力を得たいと考え、さらにボンドを針で穿孔することで拷問し、ボンドの肉体と内面両方を破壊しようとする。この暴力的な穿孔と浸透はある種の歪んだ親密性の表現だと思うのだが、序盤のQの穿孔表現とは明確に分けられていると思う。このへんをもうちょっと深く掘り下げてオーベルハウザーのキャラを立てていればいくぶん面白かったと思うのだが…