人好きのしない男たちの政治劇〜新国立劇場『ヘンリー四世第一部』

 鵜山仁演出『ヘンリー四世第一部』を新国立劇場で見てきた。

 セットは奥に木の骨組みで作ったガラクタと壁の中間のようなものを設置し、この中にスロープをつけて上にあがれるようにしてある。壁の中央はあいているので、ここから出入りできるようになっている。前方左側には砂場というか土間のようなものがあり、中央には王座などを設置できる広い場所がある。衣装は現代風なのだが王や貴族たち(だいたいは実在する人物)と市井の人物(ほぼ架空の人物)の間で対比があり、少し時代がかったガウンなどを着ているヘンリー四世や貴婦人方などに比べると市井の人々は現代でもいるチンピラみたいな格好である。ハル王子(浦井健治)はヘッドホンで音楽を聴くにーちゃんだ。奈落に出入りできるトラップドアもあり、ここも入退場に使われる。終盤ではバランスの悪い感じで逆さの椅子(=王座)が上からつり下げられ、この芝居が王の宙ぶらりんの正統性をめぐる逃走を描いた政治劇だということを明らかにしている。

 基本的にどのキャラクターも欠点と人間らしさを備えた性格になるよう描き分けられており、あまり善悪をはっきりさせられない政治劇にしようとしいると思った。反乱軍にもある程度筋の通った言い分があるし、迎え撃つ王の軍勢にも問題がたくさんある。これは『ヘンリー四世第一部』としては非常にテクストに沿った演出である。とりあえず、予想以上にハル王子とホットスパー(岡本健一)が人好きのしない感じで演出されている。
 浦井ハル王子はかなり王座に対して野心を持っており、前半終了直前、父のヘンリー四世が退場した後、空になった王座をひとりで触るという若者の不満と野心を示す演出がある。さらに生まれも育ちもルックスも良い若い男性特有の奢りというかいけすかない雰囲気がある。ハル王子は極めて父に反抗的だし、友人たちと遊びほうけて犯罪まがいのこともやっているのだが、身分と若々しさとルックスのせいで何をやっても許してもらえると思ってそうな感じがあり(一言で言うとアメリカ英語のbroっぽい)、ここになんともいえないムカつく感じが漂っている。
 岡本ホットスパーにはある種の高潔さがあるのだが、とにかく政治が一切できない男である。いざという時には頼りになるし、戦いの武勇は折り紙つきで、芝居の後半、戦闘が始まるといろいろな見せ場があってかっこいい。しかしながら非常に癇癖が強いため、そこにたどり着く前に信じるべき者を信じ、信じられない者を遠ざけ、頼りになりそうな人に敬意を示すことができない。前半部分はこの政治音痴ぶりがひどく、気難しいが敬意を示せば力になってくれそうなウェールズオーウェン・グレンダワーの祖国愛をバカにして怒らせるし、おそらく最も信用できる人物であるはずの妻ケイトに対しては全く思いやりを示さない。一方で血縁関係に対して目がくらんでしまっているところがあり、腹に一物あるおじのウスター伯(下総源太耦)のことは信用してしまっているらしい。何でも許してもらえると思っているし、事実許してもらえてしまう力を持っているハル王子とは対照的だ。
 フォルスタッフ(佐藤B作)はまあまあという感じだった。笑えるが、フォルスタッフはもっとスケールが大きいほうがいいのではという気もした。ヘンリー四世(中嶋しゅう)は自分が先王リチャード二世を廃位したことについてかなり悩んでおり、自分の正統性を保証するため苦労している。

 こういう感じで、お客が絶対的に共感できそうな人物があまりおらず、その中で政治的な駆け引きを描いていく芝居で、まあ十分面白かったと思う。ただ、細かいことはちょっと第二部まで見ないとわからないかな…という感じだった。ちなみに音楽がクイーンを使っているのだが、これはキングとプリンス、キングの座を狙う者はいっぱい出てる芝居だけどクイーンは不在だからかな?