NTライヴ『マクベス』を見てきた。ルーファス・ノリス演出で、主演はロリー・キニアとアン=マリー・ダフである。
セットは内戦で破壊された近未来の都市で、ポストアポカリプス的な混乱状態がイメージされている。ただ、とくに前半部では立派な橋のセットが真ん中にあり、おそらくはけっこう発達した都市が破壊されたという美術プランで、砂漠が舞台の『マッドマックス』とか、同じくポストアポカリプス的な設定の『マクベス』でもあまり作り込まずにスコットランドの荒野を連想させるデザインにしていたジェームズ・マカヴォイ版『マクベス』とはかなり違いがある。橋で人が殺されるところもあるので、どっちかというとサライェヴォ事件が起こったラテン橋があり、のちに内戦で破壊されたサライェヴォを思い出した。
それで、問題はたぶんこのセットの美術プランとマクベス夫妻の個性がイマイチ合致していないところである。ノリスが最初にコメントしていたのだが、ロリー・キニアもアン=マリー・ダフも非常に知的で真面目な個性の役者だ。このプロダクションのマクベス夫妻は、カリスマとか機転で内戦を生き延びてのしあがったというよりは、勤勉に働いて出世した人たちに見える。とくに、キニアマクベスが内戦の混乱につけこんであくどく儲けているところとか、想像しづらい。ジェームズ・マカヴォイが似たようなポストアポカリプス設定でマクベスをやった時は、マカヴォイがほんとにスコットランドのヤクザの若頭みたいな感じだったのでぴったりハマっていたのだが、キニアはこういう美術でマクベスをやるには真面目すぎるように見える。
他にもいくつか、ちょっとよくないかもというところがけっこうある。前半はそんなにばっさり台本をカットしていなかったのだが、後半はカットが多い。大きいところとしては兵士たちが森に扮して行進しようとするところがなくなり、台詞でマクベスに伝えられるだけになっている。これはおそらく、セットが完全に都市なので森を出しづらかったのだろうが、それでもちょっとあっさりしすぎていると思った。さらに私が一番好きな、マルカム王子が非常に不自然な感じで女たらしのフリをした後「実はオレ、童貞なんだ」という若干コミカルな場面もカットされていたので、後半部分にはあまり笑うところがない。さらに、これは完全に私の好みの問題なのだが、全体的に照明が暗すぎるのもあんまりよいと思えなかった。もうちょっとアクションや表情がよく見えるように、メリハリをつけて明るいところは目立たせる照明にしたほうがよいのではと思った。
よいところはたくさんあり、とくにマクベス夫妻の家庭の描写はたいへん丁寧である。このマクベス夫妻は仲睦まじい愛し合う夫婦だが、子供がいない。一方でライバルであるバンクォー(ケヴィン・ハーヴィ)は娘のフリーアンス(原作では息子)と遊んでやるのを楽しみにしているたいへんよい父親で、おそらくマクベスがこのへんに嫉妬しているらしいことがほのめかされている。そんなマクベス夫妻がダンカン殺しの後に互いを疎外しあうようになる様子はうまく描かれているし、バンクォーの亡霊が窓越しに出てくるところも良い。ただ、全体としてはけっこう私の好みではなかったな…と思う。