面白かったが、撮影が凝りすぎてむしろ雰囲気がなくなっているような…アルメイダ『マクベス』

 アルメイダ劇場の配信で『マクベス』を見た。マクベスがジェイムズ・マカードル、マクベス夫人がサーシャ・ローナンという豪華キャストの上演で、ヤエル・ファーバー演出によるものである。日本時間では深夜の配信となった。

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 セットは近未来っぽいもので、非常に荒廃した社会を連想させるものである(2013年のトラファルガースタジオ版や2019年のナショナルシアター版も近未来設定なので、『マクベス』上演としてはこの発想じたいは珍しくは無い)。透明のアクリル板のようなものが置かれて舞台を区切っているなど、ちょっと新型コロナの後の世界を思わせるところがある。最初と途中の祝宴のダンスの場面では「また会いましょう」(We'll Meet Again)がかけられており、これは第二次世界大戦期のヒット曲である一方、『博士の異常な愛情』で使われたのが有名で、核戦争後の世界を思わせる選曲である。かなり湿った感じのセットで、水がふんだんに使われており、終盤の戦争場面などは水がたまった地下道でチンピラがケンカしているみたいだ。

 ダンカン以外はだいたいスコットランドアクセントの英語を話しているが、マクベス夫人だけはナチュラルなアイルランドアクセントで話している。白いドレスに身を包んだマクベス夫人は大変可愛らしく、若く元気な現代女性だが、この土地ではよそ者なのかもしれず、ひょっとすると夫以外にあまり知り合いもいないのかもしれない。そのせいか夫のことだけは絶対的に信頼しており、無垢とも言えるような愛情をそそいでいる。このプロダクションはけっこうセリフや場面ごとに出てくる人を変更していて、マクベス夫人やマクダフ夫人(アキヤ・ヘンリー)の役を大きくしているのだが、とくにマクベスがひとりで話すセリフも一部はマクベス夫人が割って入って話すみたいになっており、中盤まではマクベス夫妻はふたりでひとつ、完全に心を合わせて活動している。

 夫妻が二人とも若々しい一方、ダンカン(ウィリアム・ゴーント)はかなりお年という設定で車椅子を使っている。このため、序盤は無分別な若者たちが、年を取ってもなかなか退かない邪魔な老人を消そうとしている世代間闘争みたいな印象を与える。そこで王を殺したせいでどんどんマクベス夫妻の人生はおかしくなっていくわけだが、この夫婦はたぶん子どもを失うのは乗り越えられたけど殺人は乗り越えられなかったんだな…と思った。マクベスが「男の子だけ産め」と妻に言うところで相手のお腹を抱きしめたりしていて、マクベス夫妻はこれから子作りする気は満々みたいなのだが、一方でマクベス夫人のその前の台詞からすると二人の間にできた最初の子は亡くなっていると思われる。若夫婦にとって最初の子どもが亡くなっているというのはキツい体験だっただろうが、それでも夫妻はおそらく二人で乗り越えてきた。

 このプロダクションでは中盤で大きな変更があり、マクダフ夫人と子どもたちに暗殺者が差し向けられるところで、マクダフ家に逃げるように言いに来る使者がなんとマクベス夫人に変えられている。ここでマクベス夫人は夫に秘密でマクダフ夫人を逃がそうとしたわけで、それにはおそらく自分の子どもが死んだ体験がかかわっているのではないかと思う。ここでマクダフ母子が殺害されたのを見てマクベス夫人は狂気に陥ってしまい、マクダフ夫人が水の入った桶に顔を突っ込まれて窒息死させられたのを目の当たりにして以降、やたらと水で手を洗うようになる(ここはちょっとマクベス夫人の幻想っぽい描き方ではあるのだが、それでもけっこうリアルで、少なくともマクダフ一家殺害がマクベス夫人の狂気の引き金であることはわかる)。この展開は大変わかりやすく、賛否両論あるだろうが「なんであんなに気性が強いマクベス夫人がおかしくなったんだろう」という疑問に対してはひとつの答えを与えている演出だと思う。

 全体的にはスリリングで面白い演出だったが、ただ撮影がちょっと問題あるように思った。やたら凝った撮り方で役者の表情を見せることに特化しているのだが、このためクロースアップばかりでステージの全体がほとんど映らない。わりと広いスペースが映るところではたいてい照明が暗い場面で、全体像がはっきりしない(カーテンコールでようやく明るい照明でステージの全体が見えた感じだった)。これはバンクォーの亡霊が現れるところなどでは著しく雰囲気を削いでおり、「あれ、亡霊出てるの?いつのまに?」みたいに思ったら急に亡霊の方向にカメラが変わったりしていて(この場面は亡霊を出さない演出も存在するので、とりあえずマクベスがびびった瞬間に亡霊が出てるのか出てないのかは確認できたほうがいい)、お客さんが全体を見てマクベスの恐怖を感じ取るというようなことができない撮り方になっている。また、客席を一切映さない方針で、これもむしろ雰囲気を削いでいるように思った。とくにこのプロダクションはコミカルな台詞がほぼカットされていて笑うところが少ないので笑い声などが入らず、ライヴ配信を現地のお客さんと一緒に観ているんだという観劇の雰囲気を音声で感じ取れるところが無いので、ちょっとくらいはお客さんがいることがわかる撮り方をしたほうがいいのではないかと思った。さらに字幕の出し方がかなり変で、下にやたらデカい真っ黒な帯で字幕を出すのはやめてほしいかも…と思った。