わがままな演出家プロスペロー~メトロポリタンオペラ『テンペスト』(配信)

 メトロポリタンオペラの配信でトーマス・アデスの『テンペスト』を見た。ロベール・ルパージュが演出をつとめたものである。2012年に上演・収録された映像である。

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 美術が大変変わっており、豪華な劇場の中に島があるようなセットである。どうやらこれはプロスペローの故郷であるミラノのスカラ座らしい。このコンセプトはけっこう面白く、プロスペローが故郷のオペラを懐かしんで島を魔法で劇場のように飾り立てていると考えると、プロスペローはオペラを愛する演出家で、紡ぎ出す魔術は劇場のトリックだということになる。一方でたぶんこの劇場の幻がある島じたいは地中海ではない…というか、高い木が生えているし歌詞にもジャングルが登場しており、背景に出てくるビーチなどからしても南太平洋かカリブ海あたりを思わせるところもがある。また、ミラノにオペラ座があるのと、ジャングルとかの話をしていること、また衣装などからして、時代もルネサンスではなくもっと後だと思われる。

 『アムレ』のタイトルロールだったサイモン・キーンリーサイドが迫力ある歌声でプロスペロー役を演じているのだが、このプロスペローは衣装が妙に'Gone native'っぽい…というか、ミラノの宮廷人と熱帯の島の民族衣装の折衷みたいな格好をしている(キャリバンと妖精しか住んでいない島の民族衣装とは…という疑問はあるが)。一応宮廷人風のコートを羽織っているのだが、素肌は何か魔法に関係あると思われる刺青やボディペイントだらけで、コートから彩色された胸が剥き出しでのぞいており、このへんは南太平洋あたりの島のファッションを思わせる。コートの肩にキラキラした石や貝殻のような飾りをつけているところも他のミラノ人と違っており、これはエアリアル(オードリー・ルナ)の衣装に似ていて、島の妖精の民族衣装(?)なのかもしれない。このプロスペローは(わがままで他人の習慣を貪欲に自分のものにしてしまうところも含めて)芸術家気質で、ミラノのオペラを懐かしんでいる一方、地元の衣類などは気に入っていて島の習慣に染まっているように見える。

 話はだいたいシェイクスピアの『テンペスト』に忠実なのだが、コーラスが必要なので難破した人の数がやたら多く、けっこうこのコーラスが活躍する。エアリアルとキャリバン(アラン・オーク)にはたぶんわざと耳障りな音やキンキンした発声を要求する奇妙なメロディを割り振っており、妖精らしい異界感を醸し出そうとしているようだ。とくにエアリアルは裏方に持ち上げてもらったり、吊り物でぶら下がったりしながらコロラトゥーラソプラノのけっこう不思議なメロディを歌う必要があり、実に大変そうな役である。最後はキャリバンの姿と、声だけが聞こえるエアリアルの歌で終わる。