女性にとっての結婚とは~ナショナル・シアター・ライヴ『スモール・アイランド』(配信)

 ナショナル・シアター・ライヴ『スモール・アイランド』を配信で見た。現在、映画館でもやっているのだが、こういうイギリス以外の英語方言が使われているような作品は英語字幕付きで見たかったので(そのほうが勉強になるから)、自宅で配信で見た。アンドレア・レヴィの小説をヘレン・エドムンドソンが戯曲化したもので、ルーファス・ノリス演出で2019年に上演された作品である。

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 3時間にわたる作品で、話もけっこう複雑である。舞台は第二次世界大戦前後のジャマイカとイギリスだ。まずはジャマイカ出身の女性ホーテンス(リア・ハーヴィ)の話があり、ホーテンスは同郷のマイケル(C・J・ベックフォード)に恋をしていたが失恋し、イギリスに移住することになっているジャマイカ出身の元英国兵ギルバート(ガーシュウィン・ユースタシュ・ジュニア)と結婚する。ギルバートとホーテンスは夫が出征中の白人女性クイーニイ(エイズリング・ロフタス)の家に間借りするが、帰還した夫バーナード(アンドルー・ロスニー)は人種差別的でギルバートとホーテンスを嫌っている。そんな対立の中、クイーニイは出産するが、生まれた赤ん坊は白人ではなかった。実はクイーニイは少し前に兵士としてイギリスにやってきていたマイケルと恋愛しており、生まれた子供の父親はマイケルだった。

 わりとどの人物のエピソードもしっかり描かれており、プロジェクションの背景を使ったセットとかも凝っていて、かなりの大作である。帝国主義、人種差別、性差別、戦争による精神的後遺症など重いテーマを扱っているが、それぞれの人物に奥行きがあり、また笑うところもショッキングなところもたくさんあって、メリハリと見応えのある物語になっている。イギリスで大問題になったウィンドラッシュ事件(西インド諸島地域から合法的に移住してきた移民の子供たちが強制退去させられたというスキャンダル)への目配せもある。

 面白いのは、ホーテンスとクイーニイの人生がまったく単純化されない形で類似性のあるものとして描かれていることだ。ホーテンスはイギリスに支配されていたジャマイカ出身で、孤児ではあるが教師になれそうなくらいは教育のある黒人女性、ホーテンスはイギリスでもリンカーンシャの田舎出身で、両親はいるもののあまりたくさん教育を受ける機会がなかった白人女性であり、全く境遇が違う。しかしながら、2人とも充実した恋愛の結果としてではなく、生きていくために結婚する。マイケルに失恋したホーテンスはイギリスに渡るためにギルバートと結婚するし、クイーニイはロンドンで雇ってくれていたおばが亡くなり、田舎に帰らずに暮らせるようバーナードと結婚するが、満足できずにマイケルと短い恋におちる。この作品において結婚はロマンティックな恋愛とは切り離されていて、女性が移動できるようになるための手段であり、かつ双方に何らかの得となる協力関係として描かれている。この作品の中ではクイーニイが最も人種偏見の無い白人の登場人物なのだが、それでも無知のせいでホーテンスにずいぶん失礼なことを言ったり、役に立たないアドバイスをしたりしてしまっており、人種も育ちも違う女性同士がわかりあうというのはとても困難だということが示唆されている一方、全く境遇の違う女性がともに結婚を同じようなものとして見なしていることがわかるように描かれており(さらに2人とも気付いていないが両方とも結婚の外でマイケルという男を愛していた)、女性同士の差異と共通点が繊細に焦点化されている。