感情をため込んでしまう男たちへの救い~『幸せへのまわり道』

 マリエル・ヘラー監督『幸せのまわり道』を見てきた。ひどくセンスのない日本語タイトルだが、原題はA Beautiful Day in the Neighborhoodで、アメリカの有名な教育番組司会者フレッド・ロジャースの事績に取材した作品である。

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 主人公はフレッド・ロジャース(トム・ハンクス)ではなく、フレッドを取材することになったジャーナリストのロイド(マシュー・リス)である。『エスクァイア』で働くロイドは優秀な記者だが人間関係に問題を抱えており、とくに病気の母親を置いて出て行った父親ジェリー(クリス・クーパー)との関係は最悪だし、出産したばかりの妻アンドレア(スーザン・ケレチ・ワトソン)ともイマイチすれ違っているところがある。調査報道専門のロイドはボスに言われて渋々フレッドのところに取材に行くが、そこで穏やかで独特の雰囲気を持っているフレッドに興味を抱くようになる。

 とにかくフレッドの雰囲気が超独特で、ふつうなら他人に嫌がられそうなことをなぜかあまり失礼にならない感じで聞いてきて、話の過程で相手の心を癒やしたり、人生のヒントを提供したりしてくれる不思議な人物として描かれている。もともとは牧師だったらしいのだが、カウンセリングの才能があり、自分の感情を露わにしたがらないロイドにいろんなことを聞いて、最初はひどく抵抗したロイドがだんだんフレッドと話したいと思うようになる。新約聖書に出てくるイエスを穏やかにしたような人柄なのだが(新約聖書のイエスは会った人に対してやたらと奇跡を起こして精神的に解放してあげるのが得意なのだが、一方でたまにキレて神殿を破壊したりするのであまり丸い人柄ではない)、一方で最後にピアノを弾くくだりなどではフレッドも人間だということがわかるようになっている。

 この作品でポイントになるのは、ロイドが自分の感情と向き合いたがらない、いわゆる「男は黙って」タイプであるということだ。この映画は男性ジェンダー問題を描いたものであり、ロイドはおそらく男性というのはあまり感情を露わにして泣いたり、トラブルを人に打ち明けたりしないものだという禁欲的な男子文化を内面化している。そのせいでロイドはかえって感情を全く制御しきれなくなり、姉の結婚式で父親をぶん殴るとかいうとんでもない暴力行為をすることになる。女たちのほうはこの点、だいぶマシだ。ロイドの妻アンドレアは最後でわかるように実は積極的にフレッドに相談をしていたらしいし、夫と父との和解にも協力的だ。ロイドの姉ロレイン(タミー・ブランチャード)も父と和解しようと努力しているし、ジェリーの現在のガールフレンドであるドロシー(ウェンディ・マッケナ)も開けた人である。ところが男であるロイドはさっぱり自分の感情に対処できていないし、父のジェリーもロイドよりは多少自分に向き合っているがそれでも秘密主義的で、ドロシーにごく最近まで疎遠になった息子と娘がいることを打ち明けていなかったらしい。この映画では、秘密とか感情への対処について男女でかなりの違いがあり、男子文化的な感情対処法が人生の問題を余計悪化させることとして描かれている。ドロシーが「ジェリーには子どものことをもっと早く話してほしかった」とロイドに語っているのはとても重要で、本来であればロイドやジェリーはもっと早くからいろんな人に抱えていることがらを打ち明けて、フラストレーションをため込まないようにすべきだったである。

 こう考えると、初対面の人にでもけっこう突っ込んだことを聞いてしまい、一方でなぜかそれがそこまで不愉快に感じられないフレッドのカウンセリング技術というのは必要な救いであり、とても優れているということがわかる。ロイドのような人にはなんとかして感情を打ち明けさせることが必要なのだが、たいていの人は相手をそちらに誘導する技術がないので突っ込んだ質問なんかできないし、もしそういうことを聞いたら失礼だと思われて絶交されるだけだ。ところがフレッドは長年の経験のおかげで(またおそらくは自分にもそういうところが昔あったのを自覚しているせいで)、こういうため込みやすい男たちの心に切り込む技術に非常に長けている。今まではイラついてばかりだったロイドがフレッドとごはんを食べながら涙を流してしまう場面は、ロイドがフレッドに導かれて自分の感情と向き合えるようになったことを示す重要な描写だ。この映画は男性も自分の感情を露わにしていいし、それが必要なんだということを巧みに描いている。

 こういう非常にストレートに感情の問題に切り込んでいく作品である一方、構成はけっこう凝っているというか、やや実験的なところがある。フレッドがやっている番組のセットとなるミニチュアの街と現実が交錯し、ロイドの解放までの過程がまるでフレッドの番組みたいな構成で描かれているのである。これはおそらく、フレッドがやっている番組というのは、フレッドがふだんから出会った人々に対してやっている相手の心を解放するプロセスの一部なのだということを示していると思う。番組が音楽を組み込んだ教育番組であるため、映画全体もちょっとセミミュージカル風な作りになっており、フレッドだけではなくジェリーも歌う。クリス・クーパーがけっこう歌がうまくて、ジェリーが歌うところはなかなか良かった。