カクシンハン『薔薇戦争』(演出ネタバレ多数、メモ)

 カクシンハン『薔薇戦争』を見てきた。7時間にわたる長丁場の芝居で、『ヘンリー六世』三部作で4時間半+『リチャード三世』で2時間半である。欠点とかアラはいろいろあるのだが、とにかく私はこういうシェイクスピアを見たいんだ!というようなエネルギッシュで祝祭的な薔薇戦争だったので、見ようかどうか迷っている人は7時間という長さに怖じ気づかないでほしい(私はこういう芝居なら10時間くらいあってもいい)。

 いつもならちゃんとしたレビューを書くところだが、これは劇評を書くかもしれないので、レビューというよりは気付いたことを箇条書きでメモしておきたいと思う。カクシンハンは2016年に薔薇戦争サイクルを1回全部やっているのだが、その時とはかなり演出が変わっている。

kakushinhan.org

〇『ヘンリー六世』

  • セットはシンプルで、前回の上演よりもさらに単純化されているように見えた。右奥の階段の使い方も控えめである。左下にドラムを設置するのは同じだ。『ヘンリー六世』は幕も何もないほぼ裸の舞台だが、『リチャード三世』では背景に真っ白な紙の幕を使っていて、これを破るなどの演出がある。
  • 衣装は現代風だがちょっと時代がかったところもあり、貴婦人方は手の込んだドレスを着ている一方、ナイキのロゴが入った上着を羽織っていたり、いろいろなものをごちゃまぜに使っている。『ヘンリー六世』のほうでは薔薇の色にあわせて赤と白(+フランスの青)でチーム分けをした衣装がほとんどだが、『リチャード三世』では黒ベースの衣装が多くなっている。何役もやる役者は役ごとに赤、白、青の衣装に変えており、寝返ると衣装の色が変わる。なお、エリナーはAnanの占い特集を持って登場する。
  • カクシンハンの視覚的特徴であるパイプ椅子は相変わらずふんだんに使われており、『ヘンリー六世』は赤と白のパイプ椅子が積み上げられたところから始まる。『ヘンリー六世』の戦いはパイプ椅子でのぶつかりあいだし、玉座なども座る部分をとりのぞいたパイプ椅子だ(これを王冠よろしく頭にかぶったりもする)。フランス摂政になったヨークがもらう職掌を示すサインが、ブルーのパイプ椅子がついたネックストラップなのは笑えた。
  • 『ヘンリー六世』の戦いは非常に様式化されており、武器がパイプ椅子になる他、運動会で使う紅白帽子がランカスターとヨークを示すサインとして使われている。さらに戦いの場面で使われる音楽も運動会っぽい。このため全体に戦争がまるで子供の運動会みたいで、権力争いを子供っぽい意地の張り合いとしてちょっと面白おかしく諷刺的に矮小化する効果がある。一方で『リチャード三世』における戦争はもうちょっと深刻で悪夢的だ。
  • 全体的に『ヘンリー六世』は血みどろの戦争を空しいものとして異化する感じの演出である。花選びの場面では岩崎マーク雄大が薔薇の役で出てきていたが、始終スマホを持って無関心に立っているだけで、けっこうな異化効果があった。
  • 『ヘンリー六世』のウォリックがバイセクシュアルで、明らかにヨーク公リチャードに恋している。第一部でヨークに壁ドンするなどほのめかしがあり、第二部ではあからさまにヨーク公にキスするし、第三部では息子のエドワードにもキスする…のだが、ただヨーク公はウォリックが自分に恋していることを理解して利用している感じがあるのに、息子のエドワードは女好きすぎてそのへんのウォリックの人心掌握ができていない。これがウォリックが侮辱され、怒って裏切る伏線になっている。
  • 私のお気に入りのシーンである、マーガレットとサフォークの別れがめちゃめちゃ情熱的である。『ヘンリー六世』第一部のサフォークはマーガレットをまだ利用するつもりがあったのだが、第二部ではだんだんマーガレットを本気で激しく愛するようになっている。
  • 鶴澤寛也さんの三味線はどこで使うのかと思っていたら、ヘンリー六世が独白するところで使われており、ちょっと語り物みたいな雰囲気になっている。
  • ボーナのブスネタは寒いのでやめたほうがいいと思う。ボーナを演じているのが男優の渡部哲成で、これにウォリックが傍白で「ブス」とか言ったりするのだが、これは外交ではあまり美しくない相手でも美人と褒めないと婚姻交渉が進まない…という、おそらくヘンリー八世あたりの史実(花嫁のアン・オブ・クレーヴズが肖像画と似てなくてヘンリーがびっくりしたという話が残っている)をふまえた政治諷刺なのだろうが、あまりちゃんとギャグを詰めていないのでただの古くさいブスネタに見えて寒い(しかも『リチャード三世』でもご丁寧にもう一回出てくるし)。これはやめるか、単なるブスいじりに見えないようネタを洗練させたほうがいい。これについては前回上演の、河内大和がピンクのヘアバンドだか帽子だかをかぶってしれっとボーナに変身する演出のほうが良かった。
  • 今日が通し初演ということで、とくに『ヘンリー六世』の最初のほうは台詞がしっかり入ってないらしく、つっかえたりかんだりしているところも見受けられた。

〇『リチャード三世』

  • パンフレットでは日の丸モチーフのことが出てきていたのだが、『リチャード三世』での日の丸モチーフは前回の上演より抑え気味だったような気がする。
  • 『リチャード三世』のリチャードは母親に虐待されてグレた息子である。ヨーク公爵夫人がリチャードを生むエピローグ(胎内っぽい映像がプロジェクションで映される)から始まり、公爵夫人のリチャードに対する冷たい仕打ちが劇中でも強調され、最後には死に向かうリチャードをリッチモンドが抱きしめて話す胎内回帰的な演出で終わる。リッチモンドは前回同様女優の真以美で、実はリッチモンドが全体で姿を現すのはこの場面だけであり、衣装もアンドロジェナスでかなり母性が強調されている。真以美がアンやマーガレットも演じているので、この場面のリッチモンドは非常に母的で、まるでリチャードがイングランドの母たるリッチモンドに殺されることでやっと安寧を得たかのように見える。
  • リチャードが王に選出される場面はものすごくポピュリズムの時代ふうな演出である。バッキンガムがスピンドクターみたいに見える演出はいろいろあるが、この場面のリチャードはどっちかというとトランプかもしれない。観客を市民に見立てる演出もある。
  • リチャードが「絶望して死ね」の悪夢を見る場面では『ヘンリー六世』の子供の遊びみたいな戦いのモチーフが戻ってきて、大音量の音楽がかかってリチャードが殺した人々が遊ぶように動き周りながらリチャードを脅す。これも最後の胎内回帰のモチーフにつながっているかもしれない。
  • 『リチャード三世』でヘイスティングズが首からぶらさげていた大きな金のボールのネックレスが切れて舞台中に飛び散ったハプニングはびっくりした。役者の野村龍一がしきりに「金玉が!」を連発して拾っていたが、個人的にこのハプニングはかなりツボで、私はこの場面はずっと爆笑し続けていた。