凝ったセットと設定のプロダクション~メトロポリタンオペラ『ばらの騎士』(配信)

 メトロポリタンオペラの配信で『ばらの騎士』を見た。先日見たウィーンのものは字幕がなくてよくわからないところもあったのだが、これは英語字幕がついているバージョンである。

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 時代設定はそこまで変えていないと思うのだが、演出はわりと現代的で、衣装やセットなどは相当凝ったものだ。第3幕は高級売春宿で、この間見たウィーン国立歌劇場版ではウィーンの昔ながらの居酒屋の個室だったので、それとはだいぶ雰囲気が違う。居酒屋の主人ではなくドラァグクイーンと思われる華やかなマダムが出てきて、娼婦たちがみんなでできるだけオクタヴィアン(エリーナ・ガランチャ)が可愛い女の子になるよう変装させるあたりはわちゃわちゃしていて面白おかしい。設定が売春宿で終盤は大きなベッドがある部屋で展開されるので、最後にオクタヴィアンとゾフィ(エリン・モーリー)がベッドでキスするなど、ちょっとセクシーな感じの演出になっている。

 この演出の特徴としては、どうもファニナル(マーカス・ブルック)が軍事関係の商売をしているらしいというところがある。家には大砲とファニナル印の物資の箱が置いてあるし、壁には古典地中海の壺絵みたいなデザインで戦いの様子などを描いた絵が描かれており、どうもゾフィの父は死の商人らしい。こういうセットデザインにすると、ファニナルが貴族と娘を結婚させたがっているのは軍事関係の商売でコネを作るためだということが推測でき、横暴に父権を行使したがっている背景がわかる。また、それにあわせているのかオックス(ギュンター・グロイスベック)も軟弱なおじちゃまではなくおそらく自分がすんごくカッコいいと思っているちょっとうぬぼれた権威主義的なエリート軍人のような感じで、ファニナルはオックスと娘を結婚させることで何か軍事関係の便宜をはかってほしいのかもしれない。

 音楽や演出については文句がないのだが、ちょっと冒頭の撮り方について気になるところがあった。第1幕の元帥夫人(ルネ・フレミング)の部屋の場面は真ん中に大きなドアがあり、右側に大きなベッドがあるというもので、それ以外はあまり大きな家具などがなく、貴婦人の私室にしてはものが少なくてわりと「広い部屋」らしさのあるセットなのだが、序盤は引きのショットが少なく、表情を撮るためのクロースアップが多い。このため、この広い空間を元帥夫人とオクタヴィアンが動いている様子があまりよくわからない。せっかく場面ごとに気を遣ったセットを準備してるんだし、空間の雰囲気とその中で2人がわりと生き生きと動いている様子がわかるよう、もう少し長い引きのショットを増やしたほうがいいと思う。第2幕はもうちょっと引きのショットがあって、舞台全体の雰囲気がつかみやすかった。