ハンナの年齢~メトロポリタン・オペラ『メリー・ウィドウ』(配信)

 メトロポリタン・オペラ『メリー・ウィドウ』(別名『陽気な未亡人』)を配信で見た。2015年の上演を撮影したものである。スーザン・ストローマンが演出をつとめている。

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 『メリー・ウィドウ』は一度ライヴの舞台で見たことがあるのだが、楽しいけどずいぶんポッシュな作品だ…と思った。オシャレして見に行かないと気後れするくらい洗練されたポッシュな作品なので、むしろ家のモニターで見るくらいがちょうど良いのかもと思った。

 舞台はパリだが、主に登場するのは架空の国ポンテヴェドロからパリに出向している外交官とその関係者たちである。大富豪の寡婦である魅力的なハンナ(ルネ・フレミング)がフランス男と再婚してしまうと莫大な遺産が国外に流出するので、ツェータ男爵(トーマス・アレン)は書記官のダニロ(ネイサン・ガン)とハンナを結婚させようとする。ところがダニロはハンナの結婚前の恋人で、身分や財産のせいで親族の横やりが入って結婚できなかったという過去があった。ハンナに惹かれつつこの気持ちに抵抗し、ツェータ男爵に反抗するダニロだが…

 

 舞踏場やパリの街を再現したセットが大変豪華で、衣装も綺麗だし、ダンスの演出などにも気合いが入っている。冒頭の舞踏会、途中の誕生日に東欧の民族舞踏を踊る場面、終盤のマキシムを再現した飾り付けの舞踏場で女性陣がカンカンを踊る場面などはとても魅力がある。初演の時はグランドオペラをやる劇場で大規模なセットを組んでこういうオペレッタをやると親密感や軽妙さが足りないという指摘があったようなのだが、撮影だとそのへんがあまりわからなくなって、むしろ欠点が隠れているのかもしれない。あと、台本が英語に翻訳されているのだが、私はドイツ語がわからないものの見た感じこれはかなりよくできた台本で、脚韻やリズムもちゃんとしているし、わかりやすい内容だった。

 個人的に、このプロダクションについてはヒロインのハンナがルネ・フレミングだというところで、ちょっと楽しさが削がれているような気もした。これっはフレミングが悪いとかいうことではなく、台本の構造の問題である。この作品は基本的には大人のロマンティック・コメディなのだが、背景には家父長制、財産をめぐる争い、中欧・東欧地域の国々のライバル心とナショナリズムなどがある。みんながハンナの財産を狙っているのは遺産の国外流出を防ぐためだし、結末はハンナが亡夫の遺言に縛られていることを示すものだ。この亡夫の遺言が問題で、ハンナが再婚をするとその財産は全て新しい夫のものになるという条件がついている。これは亡夫の横暴さを示す内容だが、ハンナがかなり若い女性であればまあひどいお節介で家父長的とはいえ慣習的にそういうこともあるんだろうと思えるものの(一定の年齢まで自分で財産の管理ができないとかいうような話は昔のお芝居でたくさんあるので)、ルネ・フレミングみたいに完全に成熟していて自分で何でもできる魅力的な大人の女性が亡夫の遺言に縛られているところを見るのはなかなかキツいものがある。死んだ後も妻を再婚させたくない独占欲の現れみたいな遺言に見える。

 一方、脇筋であるヴァランシエンヌ(ケリー・オハラ)とツェータ男爵、カミーユ(アレックス・シュレイダー)のほうはずっと軽妙な感じで後味が良い。とくにミュージカルスターであるオハラにはとてもユーモアのセンスがあり、面白くて賑やかなことが好きなヴァランシエンヌのキャラクターがよく出ている。カミーユが庭でヴァランシエンヌを口説くところはかなり情熱的で、うっとりしたヴァランシエンヌはかなり本気で優しい気持ちに動かされているように見え、ふだんはオモロい女がホロっとしてしまうあたりのメリハリが良い。