インドを舞台に植民地支配を描く翻案~リリック・ハマースミス『人形の家』(配信)

 リリック・ハマースミス『人形の家』を配信で見た。2019年に上演されたもので、タニカ・グプタ翻案、レイチェル・オリオーダン演出のものである。

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 あらすじはだいたいイプセンの原作と同じなのだが、舞台を1879年のコルカタに変えており、ヒロインはノーラではなくベンガル人の女性ニル(アンジャナ・ヴァサン)、夫はトルヴァルではなくイギリス人の植民地官僚であるトム(エリオット・コワン)である。セットはインド式の中庭のある家で、女性陣は西洋風の服だけではなくサリーを着ている。

 舞台をインドにすることにより、性差別のみならずイギリスとインドの間に存在する権力関係があからさまに出てくるようになっている。トムはイギリスの植民地支配にかかわっている男性で、ニルは地元の女性である。ニルはインドの民話とか踊りなどをよく知っている女性で地元の文化に通じている一方、キリスト教徒になってイギリス風の習慣も身につけているのだが、白人の奥様方とは違う存在として扱われている。一見、ニルをかわいがっているように見えるトムだが、ニルがトムに内緒で署名を偽造してお金を借りていたと知った後、ニルを自分と結婚して改宗したくせにやはり不信心な異教徒だと攻撃する。このトムのインド人に対する差別意識が剥き出しになる場面はなかなかショッキングだ。トムは地元の女性と結婚して一見、現地になじんでいるようだが、それでもインドの習慣や信仰を下に見ているところがある。教化の対象である弱い存在だと思っていたインドの女性ニルが犯罪まがいのことに手を染めてトムを助けようとしていたなどということは、男のプライド、白人のプライドからして到底受け入れられないのである。その後のトムのニルを「許す」と言いながら甘やかすような発言は、トムがニルを愛玩物のように扱っていることが明白にわかる場面で、悪い意味でちょっと笑える。

 一方、ニルの友達で原作のクリスティーネにあたるクリシュナ(トリプティ・トリプラネニ)は、田舎が保守的すぎてお金に困っている寡婦がひとりで生きていくにはキツすぎる環境だからということでコルカタに出てきた女性で、これは夫に先立たれた女性が厳しい状況に置かれているインドの社会を示す表現だと言える。都会でひとりで生きようとするクリシュナは大変「新しい女」なのだが、一方で着るものなどのことについては伝統的な考えを引きずっているところもあり、ニルに寡婦だからといって習慣に従って地味な服だけ着る必要はなく、派手な服を着てもいいのだと言われるところがある。クリシュナがかつての求婚者ダス(アサド・ザマン)と人生をやり直そうと決意するところは、寡婦の再婚に厳しいインドの社会では大きな決断だと思うのだが、一方でここでクリシュナがこういうことを決められるのは、前の場面でニルに寡婦だからといって習慣に従う必要はないと言われたことが伏線になっていると思う。このプロダクションではクリシュナがニルを助けている一方、ニルがクリシュナに対して提供している精神的な支援が原作より大きく、女性同士の助け合いが細やかに描かれていると思った。