オリエンタリズム風味はあるが、イヤな感じがしないようアップデート~『王様と私』

 東急シアターオーブで『王様と私』を見てきた。ロジャース&ハマースタインの有名作で、バートレット・シャー演出、ケリー・オハラ、渡辺謙主演のブロードウェイ公演を日本に持ってきたものである。タイの王室で家庭教師をしていた歴史上の人物であるアンナ・リオノウンズの史実に基づいているが、原作はこれを小説化したもので、かなり脚色があるらしい。

thekingandi2019.jp

 大変豪華なセットで、大きな船やら仏像やら、さすがブロードウェイという感じだ。映画で見た時はちょっとオリエンタリズムがしつこいと思ったのだが、この舞台版は、多少はオリエンタリズム的なところはあるものの、かなり演出に気をつけているようでそこまでイヤな感じはしなかった。アンナ(ケリー・オハラ)とシャム王(渡辺謙)は2人とも頑固者同士が互角な戦いを通して相互理解に至るという感じだし、シャム王の第一夫人チャン(セザラー・ボナー)を中心にシャム宮廷の女性たちがわりとしっかり描かれている。王妃たちが西洋人の不可解な習慣を批判する"Western People Funny"の場面が見せ場のひとつとして強調されており、イギリスの習慣にも性差別的でおかしなところがたくさんあるということが示されている。

 また、『アンクル・トムの小屋』の劇中劇の場面は、映画で見た時は子供っぽいカリカチュア的な内容に見えてあまり好きになれなかったのだが、もといた恋人と引き離され、王に対する貢ぎ物、つまりは奴隷に近い形で王宮に仕えているタプティム(キャム・クナリー)の自由への渇望と、タプティムが書いて上演する劇中劇が非常によくリンクするように演出されていて、なるほどと思った。芝居を見て驚く王の描写はまるで『ハムレット』の劇中劇みたいだ。

 歌については、ケリー・オハラはとにかく表現力が豊かで、魅力的なアンナだった。ふだんは実に経験豊かで落ちついた立派な教師なのだが、亡き夫トムへの恋心を歌う時はまるで少女みたいになる。一度METライブビューイング『コジ・ファン・トゥッテ』で見て、ふだんはオペラじゃなくミュージカルの歌手だと知ってびっくりした覚えがあるのだが、良い役だが端役だった『コジ・ファン・トゥッテ』と違ってこの作品では堂々たるスターの貫禄である。渡辺謙は、歌についてはまあオハラに比べるとさすがに安定感に欠ける気はするが、王としてのカリスマ性はやはりすごい。演技のおかげで王のキャラクターに厚みがあるため、ステレオタイプな東洋風の暴君になることを逃れている。